AIの進化によって「仕事がなくなる」、「AIが人間に取って代わる」というような未来予測を見聞きすることがあります。たしかにCTスキャンの画像を解析して疾患を見つけるなど、医師の作業を代替し得る部分があることは確かでしょう。しかし現在のAIが医師や看護師に取って代わるようなことが「現実的」と言えるでしょうか。
私たちは、AIが医療従事者の方に取って代わるようなことが現時点において現実的とは思っていません。
人間とAIがタッグを組んだほうが、より良い結果を生み出せる
囲碁や将棋、チェスなどでは以前から広義のAIを用いた取り組みが多く行われてきました。もちろん、公式対戦中に棋士がAIを使うのは違反行為ですが、もし棋士とAIがタッグを組むことが可能であればAIだけ・棋士だけで戦うよりも強いだろうというというのは簡単に予想できます。
同様に、AIが医師や看護師に成り代わるのではなく、医師とAI・看護師とAIがタッグを組むような形の方がより良い結果が生み出せるというのは確からしい仮説と思われます。
AIに責任と説明責任を委譲することは出来ない
すでに画像診断や治療計画の支援などでAIは医療現場で広く活用されていますが、最終的な診断・治療方針の判断については医療従事者が担うべきだということが各種ガイドラインに記載されています。例えばWHOのガイドライン “Ethics and governance of artificial intelligence for health” では、AIが適切な条件下で・適切に訓練された者によって使用されるツールであるべきで、医療従事者をサポートするものの、治療方針の最終決定は医療従事者が行うべきであるとしています。特にLLMには開発会社のバイアスがあり、またウソや誤解を招く情報を回答する”ハルシネーション”の問題などもあり注意が必要でしょう。
人間に取って代わるというのは「人間中心」の考え方に反する
上記の通り、AIは医療従事者のアシスタントともいえる存在であるべきです。しかしそれはネガティブな制約としてではなく、AIを活用することで医療従事者の方々が本来の職務に専念でき、より良い結果を生みせるという可能性を持っています。
私たちは「デザイン思考」というフレームワークを採用しています。それは実際のユーザーのニーズや気持ちを理解することを重視し、ユーザーにとっての使い勝手の良いことが重要であるとする考え方です。このアプローチによって、本当の意味での医療従事者の方々にとって使いやすいAI、アシスタントAIというものを実現することができると考えています。
ユーザーから見たデザイン思考のメリット
1.使いやすいインターフェースが得られる
既存のソリューションやアプリを前提とするのではなく、まずユーザーの環境を理解し、それに合わせて適切なインターフェースを選択するので、ユーザーにとって使い勝手のよいAIが得られます。
例えば昨今ニーズが増えている訪問診療や訪問介護においては、マイクやスピーカーなどをメインとした音声インターフェースの方が向いている部分があるかも知れません。使いやすいインターフェースによって、医療従事者の方々は直感的に操作でき、本来の業務に集中できます。
2. 適切なソリューションが得られる
既存のソリューションやアプリを前提とするのではなく、ユーザーの具体的なニーズや好みに合わせてカスタマイズした機能やサービスシステムを得られます。
特にムリ・ムラ・ムダのないプロダクトとなるので、オーダーメイド開発だとしても比較してコストが抑えられる可能性があります。
3. 魅力的な体験が得られる
デザイン思考のプロセスを通すと、従来にない斬新で楽しい使い心地や視覚的に美しいデザインのプロダクト開発に繋がります。自由な発想から得られたプロダクトはユーザーのライフスタイルや仕事場に溶け込むような形となることでしょう。
例:一回の服用分ごとにクスリが小分けになっているロールが送られてくる PillPack(下図)。薬の飲み忘れを防いでくれるアプリと連動しており、薬を飲むリマインダー機能、飲んだ薬を管理するトラッキング機能が提供されています。

AI活用の重要性
AIは医師や看護師を補佐するアシスタントとして、今後重要な役割を果たすことでしょう。医療行為だけでなく、事務作業を支援したり、医療従事者の方々の日々の生活のクオリティを上げることもできるかと思います。
昨今のAIは大規模データの分類ができ、また音声や映像などExcel表などに収まらない「非構造化データ」にアクセス可能であることがあります。これまで暗黙的だった医療現場のノウハウや、多種多様なデータに対してAIを使うことで一元的に記録し、利用可能な形に管理出来るようになることでしょう。
それらによって、医療従事者の方々の本来の仕事、他の誰もが代行できない価値ある仕事へ集中できるようになり、より患者さんや自分自身と向き合う時間を得ることができると考えています。
参考文献
(1)”AI-First Healthcare: AI Applications in the Business and Clinical Management of Health, Kerrie L. Holley, M.D. Becker, Siupo, O’Reilly Media,2021/5/11″
(2)”Ethics and governance of artificial intelligence for health, WHO guidance ,28 June 2021″